大正から昭和にかけて大活躍した小説家、江戸川乱歩。

推理小説の明智小五郎シリーズで有名であり、亡くなった今でも多くのファンがいます。

乱歩の小説作品は多くの人がご存知だと思いますが、一体どんな人物だったのでしょうか。

今回は江戸川乱歩の性格・人柄、また、人気の理由やエドガー・アラン・ポーとの関係などについて、深堀りをしていきます。
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江戸川乱歩の性格と人柄は?

江戸川乱歩の性格・人柄については、大きくわけて3つあります。

具体的には、

・ネガティブな性格
・自ら「厭人癖」「孤独癖」
・誰にもない独特の思考

これら3つになります。

では、それぞれ具体的なエピソード含めて解説をしていきます。

ナイーブで少しネガティブな性格

江戸川乱歩の性格はネガティブともいわれています。

過去の発言から、何事にも前向きにと・・・というタイプではなく、ナイーブな内面であり、それゆえにネガティブな要素が多いです。

例えば、中学1年性のときは、

中学一年生のころだったと思う。

憂鬱症みたいな病気に罹って、二階の一間にとじこもっていた。

(中略)暗い中で天体のことなどを考えていた。

江戸川乱歩『レンズ嗜好症』

乱歩は実際には病気ではなく、これは現代でいう、引きこもりでしょう。

さらには、孤独を楽しみと述べ、病気になりたいという思考が生まれています。

病床ほど孤独の楽しみを教えるものはない。

氷嚢、体温計、苦いけれど甘い水薬、熱病の夢、即興詩、石盤石筆と、紙と筆と、そして絵と、絵文字と、この豊富な魅力が彼を病床に、引いては病気そのものに惹きつけた。

強いて病気になろうとする気持さえ芽生えてきた。

江戸川乱歩『彼』

大人になると、さらに世の中を斜めから見るようになり、発言も独特なものになっていきます。

恋愛ばかりでなく、すべての物の考え方が誰とも一致しなかった。

江戸川乱歩『我が青春記』

「なぜ神は人間を作ったか」というレジスタンスの方が、戦争や平和や左翼よりも百倍も根本的で、百倍も強烈だ。

江戸川乱歩『探偵小説四十年 生きるとは妥協すること』

乱歩は小学生の頃から対人関係が決して得意とはいえず、それは大人になっても続いていきました。

ナイーブな性格で些細なことも気にしてしまうがゆえ、自分に自信を持つことができなかった、というわけです。

ただ、この性格のため、乱歩が傲慢になることはなかったそうです。

昔から変わらず、小説と真摯に向き合った結果、ロングセラー作品が生まれたのは間違いありません。

自ら「厭人癖」「孤独癖」

乱歩は自らを「厭人癖」「孤独癖」があると分析しています。

人間嫌いで孤独な人、というのを自らわかっているようです。

前述の通り、乱歩は人付き合いが苦手であり、こもりがちな人物です。

「厭人癖」という意味では、コミュニケーション能力がないため、いろんな仕事もすぐに辞めてしまったそうです。

青年時代は、事務員、古本屋、屋台のラーメン屋、新聞広告員、タイプライターの行商など仕事を転々としていたそうです。

乱歩は自らの性格をわかっているだけマシだと思いますが、結構人生を"悟っている"タイプかもしれません。

過去に雑誌でのインタビューで、「生まれ変わったら何をしていたか?」という質問に対して、

たとえ、どんなすばらしいものにでも二度とこの世に生れ替って来るのはごめんです。

江戸川乱歩『探偵小説四十年 身辺多事の年』

と、冗談かもしれませんが、このように答えているようです。

誰にもない独特の思考

一方で、人を避けて孤独を愛したためか、誰にも真似ができない怪奇的・幻想的な小説世界を描くことができたのでしょう。

乱歩は、人形・レンズ・犯罪・分身・ユートピアなどを愛し、自らの世界へ没頭していきました。

人間には得意・不得意があるといいますが、乱歩の小説の才能は、自ら孤独を選んで想像を巡らせる中で磨かられていきました。

ただ、乱歩も生涯孤独だったわけではありません。

1940年過ぎ、戦争を経験したことで嫌でも周囲との協力を気づく必要が出てきます。

すると、これまでの人嫌いは一転して、徐々に協調性を保ちながら生活をして行くのです。

住んでいた街の町会副会長なるなど、過去の人間嫌いが嘘のように変わっていくのです。

自らも下記のように回想しています。

戦前の人嫌いが、戦後人好きになり、いろいろな会合に進んで出るようになったのは、一つは隣組や町会で人に慣れたのと、もう一つは戦争中多少酒が飲めるようになったせいである。

江戸川乱歩『探偵小説四十年 追記

晩年は人嫌いと自称していた乱歩はなく、周囲に溶け込みながら日々を過ごしていったのでしょう。

江戸川乱歩が人気の理由は?

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乱歩の作品は現代でも非常に愛されています。

乱歩の小説が人気の理由に、「独自の世界観」と「読みやすさ」の2点があげられます。

世界観については乱歩の場合は非常に独自性が強く、それがやみつきになってしまう人が多いといいます。

明智シリーズでは頻繁に逃走劇は描かれていきますが、それも他の作品であれば、やりすぎで滑稽な雰囲気を出してしまいます。

ただ、それを絶妙なラインで作品に押し込めているのが乱歩であり、過度な表現もなぜか腑に落ちていくのです。

シリアスで不気味な怪奇的な小説の中に、ちょっとしたコミカルさや「クスッ」と笑ってしまうようなシーンも含まれており、強弱のバランスが非常に良いといわれています。

また、乱歩の小説は、作者が読者へ語りかけるような文体となっており、距離が近いです。

文章もテンポが良いため、読者自らが主人公となってどんどん話を読み進めることができます。

読書デビューをしたい人には乱歩の本を推奨する人が多い理由もそこになり、難解なことをグダグダ使うことなく、緻密でかつスピード感がある転換に魅了されていきます。

江戸川乱歩とエドガー・アラン・ポーの関係は

江戸川乱歩とエドガー・アラン・ポー。

漢字と英語(カタカナ)の違いはありますが、全く同じですね。

しかし、2人の関係性は、乱歩がエドガー・アラン・ポーの名前を漢字に変換しているだけであり、直接的な結びつきはありません。

乱歩は1894年生まれであり、本名は平井太郎(ひらいたろう)です。

一方で、エドガー・アラン・ポーは1849年に亡くなっています。

乱歩は幼少期にエドガー・アラン・ポーやコナン・ドイルといた探偵小説に出会い、読み漁ったそうです。

そのため、エドガー・アラン・ポーを漢字に直して、江戸川乱歩、となったのでしょう。

ただ、乱歩は作家になった当初は、江戸川藍峯というネームを使用しており、そこからなぜ「乱歩」となったかは不明です。

余談ですが、乱歩は実際に岩井三郎探偵事務所(ミリオン資料サービス)に勤務し、探偵として仕事をしていた経歴を持っています。

まとめ

今回は、

●江戸川乱歩の性格と人柄は?

●江戸川乱歩が人気の理由は?

●江戸川乱歩とエドガー・アラン・ポーの関係は?

これらについてまとめました。

以上となります。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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