2019年7月2日、将棋の堀口一史座七段が藤井聡太七段との対戦で入室する際、謎のポーズをして登場しました。

 
不用意にわざと転んだりと奇行が目立っており、「様子がおかしい」と話題になっています。

 
過去には病気の話も出ており、真相が気になりますね。

 
今回は、将棋の堀口一史座七段の奇行入場の原因について深掘りしていきます。

堀口一史座七段の藤井七段への奇行登場が話題

2019年7月2日、将棋の堀口一史座七段が藤井聡太七段との対戦で入室する際、謎のポーズを繰り返していました(↓)

 
●堀口一史座七段の奇行入場の動画

 
●堀口一史座七段の奇行入場の画像

 
スポーツ新聞でも報道をされており、下記のようにその様子が記載されています。

 

将棋の第78期名人戦順位戦C級1組2回戦、藤井聡太七段(16)と堀口一史座(かずしざ)七段(44)戦が2日、関西将棋会館で行われた。

堀口が対局室の「水無瀬の間」に現れたのは対局開始予定時刻10時の直前となる午前9時57分。

コンビニエンスストアの大きな紙袋にペットボトル、お菓子などを大量に入れ、現れた。

堀口は対局室に入って来ると、両手を広げ、アクションスターさながらのポーズを決め、さらに畳の上にわざと転げた。人為的な“ハプニング”の発生に藤井は厳しい表情を見せた。

両者が駒を並べ終えると、記録係が「対局時間が過ぎていますので、始めてください」と伝えた。

www.nikkansports.com

 
堀口一史座七段は入室時間ギリギリに登場しており、いきなりの奇行にスタッフや運営も戸惑っていた様子でした。

 
ただ、藤井七段は対局への集中を維持するためか、下を見て一切反応をしていません。

 
非常に集中していたのでしょう。

 
対局はわずか47手で終わり、試合時間は1時間23分と非常に短いものでした(↓)

 

 
堀口一史座七段は1975年2月28日生まれで、年齢は44歳(試合時)です。

 
プロに入ったのは1996年4月1日(21歳)の時であり、長い間将棋界で活躍をされているベテラン選手です。

堀口一史座七段の経歴・プロフィール

堀口一史座七段はかなり強豪であり、順調にステップアップしていた棋士の一人です。

 
●堀口一史座七段のプロフィール

名前堀口 一史座
読み方ほりぐち かずしざ
生年月日1975年2月28日
出身東京都
師匠伊藤果
プロ入り1996年4月1日(21歳
段位七段
棋士番号218。

 
堀口一史座七段は、第18回(1995年度後期)奨励会三段リーグで1位(14勝4敗)の成績を収めてプロ入りします。

 
以降も、第30回(1999年度)新人王戦で準優勝、第8期(2000年度)銀河戦で15連勝・決勝トーナメントで準優勝。

 
2001年度の朝日オープン将棋選手権では決勝五番勝負で杉本昌隆を3-1で破って初代チャンピオンに輝いています。

 
2005年9月2日の順位戦B級1組青野照市との対局では、56手目の一手に、昼食休憩を挟む5時間24分の記録的な大長考をしたことで話題になります。

 
この試合は持ち時間6時間のほぼ全てをこの長考に費やしており、結果は6手までで堀口一史座七段が勝利と戦略勝ちをしています。

 
各年の対戦成績は下記になります。

 
1996年 36 戦 24 勝 12 敗 (0.667)
1997年 44 戦 31 勝 13 敗 (0.705) 
1998年 38 戦 23 勝 15 敗 (0.605) 
1999年 62 戦 47 勝 15 敗 (0.758)※五段昇段
2000年 49 戦 32 勝 17 敗 (0.653) 
2001年 42 戦 24 勝 18 敗 (0.571)
2002年 31 戦 22 勝 09 敗 (0.710)※六段昇段
2003年 42 戦 23 勝 19 敗 (0.548) 
2004年 39 戦 23 勝 16 敗 (0.590)※七段昇段
2005年 30 戦 11 勝 19 敗 (0.367) 
2006年 36 戦 21 勝 15 敗 (0.583) 
2007年 37 戦 19 勝 18 敗 (0.514) 
2008年 29 戦 13 勝 16 敗 (0.448) 
2009年 32 戦 10 勝 22 敗 (0.312) 
2010年 28 戦 12 勝 16 敗 (0.429) 
2011年 24 戦 11 勝 13 敗 (0.458) 
2012年 30 戦 13 勝 17 敗 (0.433)
2013年 17 戦 02 勝 15 敗 (0.118)※休場
2014年 27 戦 11 勝 16 敗 (0.407)
2015年 28 戦 11 勝 17 敗 (0.393)
2016年 27 戦 11 勝 16 敗 (0.407)
2017年 23 戦 05 勝 18 敗 (0.217)

 
気になる点は、堀口一史座七段はは2013年に体調を崩しがちになり、2013年は2戦を戦い、以降は全公式戦を休場していました。

 
休場によりB級2組からC級1組へ降格をしています。

 
2013年10月には病名こそ公表をされていませんが、病気療養のため来期順位戦の欠場を発表をしています。

 
復帰は2014年6月からであり、以降は順調に試合に望まれていました。

 
しかし、上記の右側の勝率を見ると、デビュー時に比べると、2013前後に勝率がやや低迷しており、対局にも影響があったのではないかと思われます。

 
2019年に入っては0勝10敗とこれまでの成績が嘘のように低迷をしていました。

 
下記のように語る人もいらっしゃいました。

 

堀口一史座七段の奇行登場の原因は病気?

現時点では、堀口一史座七段が"過去の病気を患っていたこと"しかわからず、今回の奇行入場と病気の因果関係はわかりません。

 
(病気の詳細は公表がありません)

 
そのため、今回の奇行入場は一概に病気とはいいきれませんが、これまで長く将棋の世界で戦ってきたベテラン選手がするようなことでなく、本人が意識していない何かしらの要因があったと思われます。

 
将棋の世界は非常に厳しく、常に昇格・降格と争いながら対局を行います。

 
チームスポーツとは異なり、個人種目でもあるため、自分へのプレッシャーは尋常ではないはずです。

 
そのような心理的圧迫からストレス性の病気になったスポーツ選手の例は多くあります。

 
堀口一史座七段の奇行入場も本位で行ったのではなく、何かしらの要因・原因があることは明らかです。

 
実際に対局を観た人も下記のように語っています。

 

 
一方で、2018年の後半から無気力な試合が目立っていたことも事実であり、ネット上では藤井七段と対戦したらヤバイとう声も出ていました。

 
本日の予言めいたコメントもあり、将棋を見ている人からすれば予想できたことだったのかもしれません。

 
以下は、【mevius.5ch.net】より引用。

 

藤井と組んだら別の意味の放送事故も考えられるのでは?
大勢の報道陣を見てパニックになり逃亡するとか、あり得るかもしれん

 

手合い係も藤井聡太と絶対に当たらないように神経尖らせているかもな

 

藤井戦でやって欲しいこと
・突然の奇声
・中継カメラに向かってニヤニヤ
・座布団を意味もなく何度も裏返す
・ヒフミンアイ

 

瞬間視聴率過去最高を記録するであろう藤井戦

堀口一史座七段は心の病で精神が不安定?

なぜ、このような事態になってしまったのか。

 
堀口一史座七段には外傷は見当たらないため、精神面でかなり乱れがあるのでしょう。

 
奇行入場なんてわざと行うメリットはないですし、過去戦歴をみても意識的にやるようなことではありません。

 
もしかしたら、飲酒をしていた・・・・という可能性もありますが、これはきちんとした理由が知りたいですね。

 
心配している人も多く、休戦をされてでも、ゆっくりしてほしいですね。

 

まとめ

今回は、

 
●堀口一史座七段の藤井七段への奇行登場が話題
 
●堀口一史座七段の奇行登場の原因は病気?
 
●堀口一史座七段は心の病で精神が不安定?

 
これらについてまとめました。

 
以上となります。
 
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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