ナミヤ雑貨店の奇蹟【映画】火事の犯人は誰?刈谷守が施設を放火したかを考察

2017年9月23日に公開された映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟」。

作中では、1988年に魚屋ミュージシャンが訪れた際、児童養護施設「丸光園」が火事にあっていました。

物語では原因については語られていませんでしたが、なぜ火事が起きてしまったのでしょうか。

放火した犯人がいる可能性も否定できず、真相が気になりますね。

今回は、映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟」で児童養護施設「丸光園」の火事の犯人について深掘りをしていきます。

映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟」1988年に丸光園の火事が起きる

映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟」では、作中の1988年に児童養護施設「丸光園」が火事にあってしまいます。

魚屋ミュージシャンこと松岡克郎(林遣都)が同年のクリスマスに訪問した夜、1階から火が発生しており、建物が全焼しています。

このシーンでは、園内の全員が逃げ切れたと思いきや、セリの弟が2階のバルコニーに取り残されてしまう事態が発生します。

松岡が1人に助けに焼けている建物に入り、セリの弟を救出することはできましたが、自身は頭上から落ちてきて柱が頭にあたり意識不明の状態となり、そのまま火に飲まれてしまいます。

意識が朦朧とする中、松岡は、

「親父・・・俺、爪痕残せたかな・・・。

負け戦(いくさ)だったけど・・・」

と心で思いながら、その場で倒れ込んみ亡き人になります。

セリは弟の命を救った松岡に多大な感謝をしており、有名なアーティストになった2012年でもライブ中に"弟の命を救った松岡が作曲した"と説明し、自身の作詞で完成させた「REBORN」を披露しています。

松岡は若くして命を落としてしまいましたが、彼が作った曲はセリの協力もあり、多くの人に届いているのです。

彼が病院で父親・健夫(小林薫)から言われた「爪痕くらい残してこい」は間違いなく達成されており、物語序盤でありながら、多くの人が涙したシーンでもありました。

児童養護施設「丸光園」はこの火災により仮の施設へ移動することになり、その後、迷える子犬こと田村晴美(尾野真千子)が施設を援助したいと申し出るシーンへ繋がっていきます。

映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟」丸光園の火事の犯人は?

児童養護施設「丸光園」が火事にあることは思わぬ出来事でした。

この火事についての犯人は誰なのでしょうか。

鑑賞した人の意見を見ると、下記2つの説が有力になっています。

【火事の理由①】クリスマスツリーからの自然発火 【火事の理由②】スタッフの刈谷守による放火

1つ目は自然発火で実質的な犯人はいない説。

もう一つは、スタッフの刈谷守が意図的に放火したという説。

以下、それぞれについて記載していきます。

【火事の理由①】クリスマスツリーからの自然発火

1つ目は、クリスマスツリーからの自然発火したという説です。

これは映像を見ていると関連性のある部分が明らかになります。

火事前のシーンのカット割りを順番にみていくと、

・夕方に松尾とセリが施設に戻ろうと会話するシーン

・夜になり暗い外から施設を映し出すシーン(夜になったことを伝える演出)

・夜にも関わらずクリスマスツリーがチカチカと中途半端に光っているシーン

・松岡がベッドで眠るシーン

・夜中に火災が発生して手塚が松岡を起こすシーン

このように続いていきます。

カット割りで考えると、間の「夜にも関わらずクリスマスツリーがチカチカと中途半端に光っているシーン」は不要かなと思います。

しかし、火災が起きた事実があるため、クリスマスツリーの電気が付けっ放しであり、コンセントから漏電して火災が発生したという可能性は十分にありえます。

火災箇所は2階のバンガローが無事だったことを考えると、火元は1階の可能性が高いす。

そこからも、1階に位置するツリーが出火原因であると考え、自然発生で火事が起きたという説です。

【火事の理由②】スタッフの刈谷守による放火

もう一つは、「丸光園」のスタッフである刈谷守(手塚とおる)が意図的に放火をしたという説です。

(放火でなくとも上記の通り、コンセントから漏電するように細工をして火災を発生させた)

刈谷守とは1988年のシーンでは、火災が発生したことを松尾へ急いで伝えた園内のスタッフです。

2012年の現在では園長に出世して経営の実験も握っていますが、助成金など「丸光園」のお金を横領していました。

他にも、田村晴美に横領がバレそうになるや、「園が買収されてホテルやパチンコ屋にされる」と嘘の情報を流して、田村を悪者に仕立て上げます。

最終的には「丸光園」は田村の会社が買収をし、園長をクビになってしまいます。(その後、園長には田村晴美が就任)

では、なぜ、当時スタッフだった刈谷守が放火犯といわれているのか。

それは放火で建物が焼かれているシーンの途中で、刈谷が怪しげな表情を浮かべているカットがあったからです。

このシーンの刈谷は、確かに顔が崩れており今にも泣き出しそうですが、わずか頬肉が上がっており笑っていると感じる人も多くいました。

下記のように疑問に思う人も少なくなかったでしょう。以下は引用文です。

丸光園が火事になったシーンで松岡に「火事ですよ」と声をかけ外に出るよう促していた職員がいましたよね?

燃え上がる丸光園を見上げて、彼が笑っていたように見えたのですが、彼は丸光園を放火した犯人なのでしょうか?

映画ではそのあたりに触れられていないわりに、あのシーンがアップになっていたので気になりました。

detail.chiebukuro.yahoo.co.jp

確かに、あの刈谷の表情は何かを企んでいるような雰囲気がありますね。

映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟」刈谷守が丸光園を放火したかを考察

「丸光園」に火事が起きた際、刈谷が不敵な表情だったことから、刈谷が放火したという説があります。

ただ、実際のところ、刈谷が放火したところでメリットはあるのでしょうか。

以下、考察をしていきます。

刈谷が放火をした際のメリットはあるのか

刈谷が放火をした際のメリットは下記点でしょう。

・現在の園長(暁子の弟)の責任が追求され、自分が園長になれる

色々と考えましたが、現実的にはこれだけでしょう。

ただ、刈谷が園長の座を狙っていれば、放火など危ない橋を渡る必要はなく、もっと別の手段があったはずです。

丸光園が焼けてなくなれば、園長就任以前に自身が失職する恐れ、また、自身が死ぬ可能性もあるため、かなり危険な方法です。

「丸光園」はどれくらいの規模か

丸光園そのものは設立が長く、2012年時点で下記の情報が作中で掲載されています。

(2012年に田村晴美が自身のパソコンで調べた際に記載されていました。)

所在地静岡県時越市浜町1-15-7
TEL0558-213-3352
FAX0558-213-3351
MAILmaruko-en@dog.co.jp
設置主体社会福祉法人
理事長名皆月秀和
施設長名刈谷守
定員55名
創立年月日昭和22年8月1日
認可認定日昭和23年5月1日

定員55名と大きい団体になっており、のちに代表になった刈谷の功績かもしれません。

丸光園が焼けていれば、このように園長になれる可能性も下がるため、わざわざ放火する必要はないでしょう。

映画では刈谷は放火犯の可能性が低い

映画では刈谷はプロデューサーに以下のように説明を受けており、悪役であることは間違いなさそうです。

手塚さんはこの物語唯一の悪役という設定でしたが、監督がそんな彼でも何か原因があったと考えていらっしゃって作品をよく観ていただくと、その移り変わりが見られると思います

www.cinemacafe.net

しかし、結論としては、横領はしたが、放火はしていないと思われます。

1988年の火事の際に不敵な笑みを浮かべたのは、火災の責任で現園長が失脚するかも・・・という野心的な意味が含まれていたのではないでしょうか。

放火をする動機が不明瞭であり、火事のシーンでクリスマスツリーが漏電を思わせる光り方をしているあたり、映画では自然発生による火災だと思われます。

まとめ

今回は、

●映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟」1988年に丸光園の火事が起きる

●映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟」丸光園の火事の犯人は?

●映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟」刈谷守が丸光園を放火したかを考察

これらについてまとめました。

以上となります。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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