映画『おおかみこどもの雨と雪』の主人公・花は気持ち悪いと言われる理由を解説します。

他にも、花が「毒親」や「嫌い」と批判される理由も考察しました。

【おおかみこどもの雨と雪】花は気持ち悪い?

映画『おおかみこどもの雨と雪』の主人公・花が気持ち悪いと言われる理由を解説します。

花が気持ち悪い理由は、映画を鑑賞した人の意見をまとめると具体的に下記4点に集約されます。

①自己犠牲の塊
②設定に無理ある
③人生設計がない
④子供の葛藤に目を向けない

それぞれについて解説します。

【気持ち悪い理由①】自己犠牲の塊

花が気持ち悪い理由の1つ目は「自己犠牲の塊」という点です。

花はシングルマザーとして雪と雨の二人を育てていきますが、その姿が非人間的な自己犠牲をベースに描かれています。

花はどんなに辛く、理不尽な時でも常に「笑顔」でいます。

花の「笑顔」は作品上、女性の我慢を美化したり、理不尽なことに耐える日本特有の美徳を描いたものと推測できます。言い換えれば、自己犠牲の精神です。

人間が生活をする上では誰もがどこかで自己犠牲を迫られることはあるでしょう。しかし、物語の花においては自己犠牲の言動が目立ちます。

さらに、自己犠牲をしても常時笑顔でいるため、あまりにも現実味がなく、大きな違和感を覚えてしまいます。

簡単に言えば"こんな人って絶対いないよね"という浮世離れした言動や考えが目立ちすぎるため、悪感を抱かれたと思われます。

【気持ち悪い理由②】設定に無理ある

花が気持ち悪い理由の2つ目は、そもそもの設定上で無理があるといわれています。

『おおかみこどもの雨と雪』では花がシングルマザーとして、「おおかみこども」の雪と雨を育てていきます。

花は独力で子育てを決意し、国立大学の学生の立場を捨てて都会を離れて田舎暮らしをします。誰にも頼らずにシングルマザーが田舎で子供2人を育てるのかなり非現実的です。

花が都会を離れて田舎に向かったのは、おおかみこどもが人様に迷惑をかけ始めたからであり、人口が少ない都会から田舎に移住するのは決して不自然ではありません。

しかし、子育てだけながらまだしも、花は農業も行って自給自足のような生活を目指します。

たとえ田舎でも子育ての支援制度は受けられると思うので、一人で懸命に育てている姿にかなり違和感を感じます。

農業をするシーンでも、その時の衣装もなぜか農業には全然適していない洋服をきています。子育てへの決意や行動力は立派ですが、かなり感覚がズレています。

そのため、そもそも

・女子大生がおおかみおとこと恋をする
・2人の間に子供ができる
・シングルマザーとなり子供2人を育てる 
・子供2人のため田舎に移住する

という、設定に無理があるといえます。

働きながら子供2人を育てること自体が大変なのですが、花の場合は子供2人ともおおかみこどもであり、なぜか自分に負担がかかる田舎暮らしを選んでいます。

おおかみこどもを主軸としたファンタジーなのか、それとも花の奮闘を描く現実路線なのか、物語の方向性が明確になっていないため、批判が多いのかもしれせん。

【気持ち悪い理由③】人生設計がない

花が気持ち悪い理由の3つ目は「人生設計がない」という点です。

花は女子大生の時におおかみおとこと恋に落ち、そのまま2人の子供をつくります。

花がおおかみおとこに惹かれた明確な理由は深掘りされないまま、2人のベッドシーンがあり、雪と雨を授かります。

まともな大人であれば、人間ではない男性と性行した結果はある程度判断できるでしょう。さらに、女子大生という生活の基盤がままならない時に子供2人を育てるのはかなり困難です。

花の言動は映画の演出上とはいえ、人生設計はなく、かなりその場の感情で行動しているといえます。

現実的に子供2人を育てるためのお金はどうするのか?
おおかみのような子供が生まれたら、どう育てるのか?

など、当たり前の疑問なく、花が子供を産んでいることに違和感を感じる人も多いでしょう。

『おおかみこどもの雨と雪』では、雪と雨は人間とおおかみの二面性に悩みながら成長していきますが、子供たちがこのように悩んでしまうのは花とおおかみおとこの性行が原因です。

生まれた子供たちのことも考えずに、女子大生がおおかみおとこと子供2人を産んでいくその様は、あまりにも無計画といえるでしょう。

【気持ち悪い理由④】子供の葛藤に目を向けない

花が気持ち悪い理由4つ目は「子供の葛藤に目を向けない」という点です。

雪と雨は人間とおおかみの二面性を持つため、本当の自分はどちらにあるのかと悩みます。

最終的には雪は人間であることを選び、雨はおおかみとして生きることを選びます。

花も子供2人には人間として生きるよう望み、おおかみとして生きる雨が山に向かう時は引き留めようとしています。

花の言動を見ると、子供たちには放任主義的な点もあり、人間とおおかみの二面性で悩む子供たちと向き合っているシーンが少ないです。

本来であれば出生の経緯をしっかりと説明した上で子育てしていくのですが、このあたりをなあなあにしながら物語が進んでいきます。

【おおかみこどもの雨と雪】花は毒親?

続いて、『おおかみこどもの雨と雪』の花が、毒親といわれる理由を解説します。

はじめに「毒親」の定義を明らかにし、次に花が毒親といわれる2つの理由をまとめました。

毒親とは?

毒親とは、スーザン・フォワードの著書『毒になる親 一生苦しむ子ども』(講談社刊)の話題に伴い、この本をきっかけに生まれた俗語だとされています。

一般的な定義では「子どもを支配したり、傷つけたりして、子どもにとって「毒」になる親のこと」(All About 編集部)です。

毒親には下記の特徴があります。

①子どもを管理する
②子どもを支配する
③「あなたのため」と押し付ける
④必要以上にしてあげる過保護
⑤過干渉になってしまう
⑥子どもへ呪いの言葉をぶつける
⑦子を抑圧し、罪悪感をうえつける
⑧就職や進路にまで口を出す
⑨恋愛や結婚にまで口を出す
(出典:毒親とは?特徴・チェックリスト!あなたは毒親になってない?

『おおかみこどもの雨と雪』では、

②子どもを支配する
④必要以上にしてあげる過保護

主にこの2つが毒親としての要素といえます。

それでは具体的にどんな内容なのかをまとめました。

【毒親の理由①】子供への接し方

1つ目は、花の子供への接し方です。

花は姉の雪には厳しく、弟の雨には極端に優しいです。理由は雪が姉であるため、あえて厳しく接しているだけだと思いますが、それでも雨には甘すぎるという見方もあります。

さらに、成長していく雨にかつて恋人・おおかみおとこの面影を追っていて、服装や髪型もそっくりな容姿です。

息子を「異性」のように扱う花には気持ち悪さを覚える人がいてもおかしくないでしょう。

雪には厳しい一面ばかりが目立ち、しっかりと愛情を注いでいるシーンが少ない点から「雪が可哀想」「雪を見てると辛い」という指摘もあります

【毒親の理由②】現実的にはない子育て

花の子育てについては、主婦層からの批判が多いです。

リアリティがなく、「少女がそのままの気持ちで子育てをしているファンタジー」とも揶揄されています。

どちらかというと男性目線の子育てであり、実際に子育てをしてる母親からすると「あり得ない」という声が多いです。

細田守監督の男性目線での子育てのが描かれ、「理想の愛」「理想の母親」として花の言動が強調されていると思われます。

【おおかみこどもの雨と雪】花が嫌いという批判

『おおかみこどもの雨と雪』の花には、このように批判的な声が多いです。

「嫌い」という意見もありますが、それは演出により実際の母親像とはかけ離れたシーンが多いからでしょう。

そもそも、人間とおおかみの間で子供ができ、その子供2人を女子大生が育てていくという設定が現実離れてしています。

明らかにファンタジーの物語であるものの、リアルな要素が要所にあるため、鑑賞者の立場もどっちの要素に肩入れして良いのかわからなくなると思われます。

花の奮闘を描くのか、雪と雨の葛藤を描くのか、作品では何を伝えたいのかが不明なため、「中途半端な現実路線」という批判が多いのでしょう。

完全に振り切って「雪と雨」だけにフォーカスしていれば、花への批判や「嫌い」という声もなかったのかもしれません。

それこそ、「バケモノの子」のような完全ファンタジーの方が鑑賞しやすかったのではないでしょうか。

まとめ

今回は、

●【おおかみこどもの雨と雪】花は気持ち悪い?

●【おおかみこどもの雨と雪】花は毒親?

●【おおかみこどもの雨と雪】花が嫌いという批判

これらについてまとめました。

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