2017年8月26日に公開された映画「関ヶ原」。

作中では有村架純さん演じる初芽が言う、最後のセリフが聞き取れなかった人もいると思います。

現代の言葉ではないため、やむ得ないかもしれません。

今回が映画「関ヶ原」での初芽の最後のセリフについて深堀りをしていきます。
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映画「関ヶ原」での初芽(有村架純)の最後のセリフは?

初芽と石田三成の最後のシーン

映画「関ヶ原」での初芽の最後のセリフを記載する前に、最後のシーンはどこなのかを確認しましょう。

この作品の主人公は、西軍の大将・石田三成(岡田准一)であり、彼の死をもって物語は幕を閉じます。

石田三成は六条河原にて斬首により処刑。三条大橋に晒し首にされてしまうのです。

ここでいう"最後のシーン"とはその一つ前、石田三成が六条河原へ小西行長、安国寺恵瓊とともに運ばれていくシーンをさします。

そして、その途中で行方不明だった初芽が現れ、最後のセリフを口にするのです。

初芽(有村架純)が石田三成に言う最後のセリフ

初芽は、関ヶ原の戦いで石田三成の手助けはできなかったものの、自身が生きていることを伝えようと石田三成の前に現れます。

そして、初芽が石田三成に言う最後のセリフは、

「大一 大万 大吉」

でした。

読み方は「だいいち だいまん だいきち」。

このセリフの意味は後述しますが、石田三成は作中で「生きていることを確かめたい人がいたこと」があると話しており、その中に初芽も含まれると予想されます。

石田三成は関ヶ原の戦いで小早川秀秋東軍に味方したことにより、すぐに敗北が確定してしまいます。

当日の時代背景では自害などで自らの死を選ぶのが慣習です。

しかし、作中での石田三成は自身のプライドを捨ててまで、少しでも長く生きることを望むのです。

そこまでして生きることを選んだ理由は、自身の目で「生きていることを確かめたい人」がおり、それまでは死を選ばないと決意した背景がありました。

石田三成は、死の直前ではありましたが、初芽が会いに来てくれたことで心の内で気にかけていたことが晴れたと思われます。

映画「関ヶ原」での初芽(有村架純)が言う大一大万大吉の意味は?

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関ヶ原での初芽の最後のセリフ、「大一 大万 大吉」(だいいち だいまん だいきち)の意味ついて記載していきます。

「大一 大万 大吉」とは、関ヶ原の戦いにおいて、石田三成が旗印に記載されたとされる文字になります(↓)

「大一大万大吉」の文字を解読していくと、下記になります。

文字数漢字意味
1文字目天下
2文字目1人の人間
3・4文字目大万万人、多くの人々
5文字目大吉幸福=安泰、平和

言葉の意味は、

「1人が万民のために、万民は1人のために尽くせば、天下の人々は幸福(吉)になれる」

というものです。

1文字目の「大」は「天下」という意味ですが、ここでは「権力をにぎって思うままに振る舞うこと」という意味ではなく、「世の中」という意味で使用されています。

天下の人々とは、世の中にいる人々、ということです。

現代の言葉で言う、「みんなは一人のために、一人はみんなのために」ですね。

英語でも「One for all, All for one」という言葉もありますが、万国共通の考えかもしれません。

これについては映画のフィクションではなくて、実際の歴史で石田三成が使用したといわれています。」

この言葉が、高い理想を清廉潔白な姿勢で叶えることを望んだ石田三成の性格と人柄とぴったりな言葉でしょう。

石田三成は我欲が少なく、周囲との協調性や和を大切にする存在であり、「大一大万大吉」通りの人物だったといわれています。

また、石田三成の家紋は九曜紋という9つの太陽を掛け合わせた図象であり、「大一 大万 大吉」は家紋ではなく、あくまでも戦におけるスローガンのような役割を果たしていました。

実際、歴史的な物的資料に旗印「大一 大万 大吉」が存在していたことを証明するものはなく、言い伝えられてきた言葉になります。

一方、資料に記載がないのは、勝利した徳川家康が慎重な性格であり、石田三成の存在を世から消そうと全て焼き払ったのではないかと言われています。

ただ、この言葉の由来の仕方については、映画と現実では若干異なっています。

映画「関ヶ原」での「大一 大万 大吉」の由来

映画では、石田三成のオリジナルの言葉として演出されています。

物語の序盤、三条河原で豊臣秀次の側室や輿入れをしようとした女たちが処刑され、その処刑に初芽が立ち向かうシーンがありました。

その際に、石田三成が下記のように語ります。

儂に足りない全てを備えた侍大将を召抱えたゆえ、旗印を考えておった。

「一人が万民のために尽くせば、天下は栄える」と、いう意味だ。

石田三成の考えを反映させ、戦などにおいて周囲を団結させるために用いた言葉として用いられています。

歴史上での「大一 大万 大吉」の由来

一方、歴史上では石田三成のオリジナルではなく、石田為久が最初に使ったとされています。

石田為久とは1184年に源頼朝の命を受けた源範頼・源義経と共に京へ進軍し、木曽義仲を討取って名を馳せた武将です。

関ヶ原の戦いは1600年の戦いを描いており、400〜500年前からの言葉を使っているようですね。

他にも、備後山内氏も使用したとされています。

備後山内氏とは、1220年代から1300年代の地頭になります。

いずれにせよ、映画の舞台よりも数百年の前であり、石田三成は先代に生きた人の言葉を使っていることは間違いなさそうです。

映画「関ヶ原」での初芽(有村架純)が大一大万大吉と言った理由は?

最後に、映画「関ヶ原」での初芽が「大一大万大吉」と言った理由について考察していきます。

まず、映画「関ヶ原」に登場する初芽は、作中の架空の人物の為、実際に石田三成とはこのような会話はしていません。

有村架純さんが演じた初芽についてもっと詳しく知りたい人はこちら。

全ては作中からの考察になりますが、理由は下記2つでしょう。

①石田三成が生きることを選んだ意味
②石田三成の想いの継承

【①石田三成が生きることを選んだ意味】については、映画内で石田三成が少しでも長く生きることを選んだ描写がありました。

理由は「生きていることを確かめたい人がいたこと」であり、その一人に初芽がいるのは間違いないでしょう。

その言葉の意味を映画内で解消させる為、ラストに石田三成-初芽のシーンを入れたのだと思われます。

2人が最後に向き合うことで、石田三成が少しでも長く生きた意味と理由を演出したのでしょう。

ただ、そうであれば最後のセリフは「大一 大万 大吉」でなくても良いという考えもできますが、それについては2つ目の理由で説明します。

2つ目は、【②石田三成の想いの継承】となります。

前述の通り、石田三成の考えには「大一 大万 大吉」(セリフで言うと「一人が万民のために尽くせば、天下は栄える」)がありました。

その言葉を初芽が言うことで、石田三成自身は亡くなってしまう一方、その想いは受け継がれているということを伝えたかったのだと思います。

実際、石田三成の子供(二男)は歴史上は戦の後も生存しているといわれおり、想いは静かに継承されていました。

石田三成の二男をかくまったのは、津軽家ともいわれています。

当時は徳川家康といえども、自らの力の範囲が及ぶのは東軍のみであり、西側まで向かい残党を殺すことはできませんでした。

有村架純さんが演じた、初芽についてもっと詳しく知りたい人はこちらもどうぞ。

まとめ

今回は、

●映画「関ヶ原」での初芽の最後のセリフは?

●映画「関ヶ原」での大一大万大吉の意味は?

●映画「関ヶ原」での初芽が大一大万大吉と言った理由は?

これらについてまとめました。

以上となります。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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