2019年7月19日に公開された映画「天気の子」。

 
新海監督の前作、大ヒット映画「君の名は。」とのつながりがわかる描写がありました。

 
他にも、展開が似ている点や結末についても気になりますね。

 
今回は、映画「天気の子」と「君の名は」の両作品の"つながり"などを深掘りしていきます。

 
ネタバレがありますのでご注意ください。

「天気の子」と「君の名は。」は似てる?

「天気の子」と「君の名は。」は作品として似ているのでしょうか。

以下、記載していきます。

製作陣やアーティストは同じ

「似てる」という表現が正しいかはわかりませんが、製作陣は「天気の子」と「君の名は。」とで同じです。

 
いうまでもないですが、新海誠監督が原作、脚本、絵コンテを行っています。

 
他にも、映画の基幹となる役割も

 
・キャラクターデザイン:田中将賀
・美術監督:滝口比呂志(「君の名は。」では美術設定協力)

 
は2作品で同じ方が務めています。

 
主題歌など各挿入歌に関しても、RADWIMPSが担当をされています。

 
新海誠監督が脚本ができた段階でRADWIMPSへ内容を送り、すぐに「愛にできることはまだあるかい」のデモが送られてきたそうです。

物語は似ているようで違う

上記のように主な製作陣が同じですが、物語は「似ていると見せて、実は全然似ていない」というのが結論です。

 
「天気の子」では、主人公の構成も新海監督にある「年下男子・年上女子」と構図で進んでいると思いきや、実はほ帆高は15歳ないし16歳、陽菜は15歳でした。

 
他にも、登場人物は「君の名は。」のような同世代を中心に物語が進むのではなく、須賀圭介、夏美、凪、冨美という様々な年齢の人物に囲まれて時間を過ごしています。

 
「君の名は。」は主役の2人(瀧と三葉)には親友と呼べる存在がいますが、今回は帆高も陽菜も一人ぼっちであるというバックグラウンドがあります。

 
作品に関しても、2人がすれ違う「君の名は。」に対し、「天気の子」は2人が一緒にビジネスを始めるなど物理的な距離感が非常に近いです。

 
何より違うのが、2つの作品の結末でしょう。

 
こちらについては次の項目で記載していきます。

「天気の子」と「君の名は。」結末の違いは?

「天気の子」と「君の名は」の2作品の結末は、かなり対照的でしょう。

 
まずは、それぞれの2作品の結末についてまとめていきたと思います。

「天気の子」の結末

「天気の子」では、最後は帆高と陽菜は、世界を"雨の世界"へ変えてしまうのです。

 
物語では、雨が続く異常気象の天気は晴れ女(=陽菜)が人柱となり、この世から消えることで元に戻ることになります。

 
つまり、晴れ女(=陽菜)の犠牲は、世界を正常に戻すための唯一の手段です。

 
しかし、今作では帆高は世界を正常に戻すことは選ばず、「二度と晴れなくたって、青空が見れなくたって、俺は陽菜がいいと」と陽菜と共に生きることを願うのです。

 
最終的に帆高と陽菜は一緒になることはできますが、東京は三分の一が雨により地盤が沈む事態になります。。

 
王道であれば、"世界のために陽菜が犠牲に"となりそうですが、それとは真逆な展開となりました。

 
これについては、事前に新海監督も下記のコメントのようにほのめかしています(↓)

新海監督は映画の結末について「あなたはどう思うんですか?と投げかける部分がある。

王道のこんな終わり方ならみんな納得というのとは違い、意見が分かれるものになっていると思う」と話す。

前作に続き音楽を手がける人気バンドRADWIMPSのボーカル野田洋次郎は、脚本段階から新海監督と打ち合わせを続けてきたといい「『君の名は。』の次なので多くの人に向けた分かりやすい物語かと思ったら、賛否ある攻めた部分があって新海さんらしいと思った」という。

www.asahi.com

「君の名は。」の結末

一方で、「君の名は」は2人が半ば犠牲になること、瀧と三葉が身を呈して動きまわることで、糸守町を救い出します。

 
もちろん、それは愛する人を守るという宿命があるわけですが、2人は愛する人たちを守るためにお互いの記憶(=2人にとっての幸せ)を無くしていきます。

 
物語のラストで"かたわれどき"が終わった瞬間に2人の記憶はなくなっていき、最後は「思い出したいけど、思い出せない」という状況が続きます。

 
これは糸森町を救った代償であり、2人が未来を変えたことの証明でもありました。

 
瀧と三葉は物語の最後に「君の名は?」と言い合い、結果的には結ばれるであろうハッピーエンドとなっています。

2作品の結末の違いは?

2作品の結末は、「未来を変える」という点で共通しています。

 
・「天気の子」:東京を雨が振り続ける都市にした
・「君の名は。」:糸守を彗星の落下から救った

 
「天気の子」は自分たち2人が結ばれるという狭義のために、「君の名は。」は糸森町を救うという広義のために未来を変えています。

 
さらにいえば、「天気の子」は東京の三分の一が雨で沈んでおり、世の中の人(=広義)の幸せを犠牲にして、2人(=狭義)の幸せを優先させたことになります。

 
正確には帆高と陽菜がこのような結末を選んだということになります。

 
ただ、物語当初では「晴れ=人々が求めるもの=幸せ」というような描かれ方でしたが、いざ雨の世界になると”それが当たり前”となっており、必ずしも世の中の人(=広義)の幸せを犠牲しているとも言い切れません。

 
一方で、「君の名は。」は瀧が2013年・2016年の時代を奔走して糸守町を守っており、世の中の人(=広義)の幸せのために動き回っています。

 
「君の名は。」では最後に瀧と三葉の記憶はなくなり狭義の幸せは消滅する一方、2人(=狭義)の犠牲により世の中の人(=広義)の幸せを手に入れています。

 
驚くほど対照的な作品となっていますが、何が正しい、間違いということではありません。

 
どちらの作品もあっという間の時間であり、新海ワールドに魅了されました。

「天気の子」と「君の名は。」つながりは?

映画「天気の子」と「君の名は」つながりはあるのでしょうか。

 
結論から説明すると「ある」です。

 
この2つの作品がクロスオーバー作品に近い存在であることは間違いありません。

クロスオーバー作品とは?
フィクションにおけるクロスオーバー作品(クロスオーバーさくひん)とは、狭義では複数の独立したシリーズが一時的に一つのストーリーを共有、進行させる事をいう。

並立したストーリーラインを、新たなストーリーラインが横断して行くと解釈してこの名がついた。主にアメリカンコミックにおいて著しく発達した手法である。

 
「君の名は。」の主人公の瀧と三葉が、「天気の子」でも登場しているのです。

 
瀧と三葉は、帆高と陽菜らとストーリー上で密接するわけではありませんが、確実に2人は登場します。

 
 
:帆高と陽菜の依頼人である立花冨美の孫として登場。

→姓名、住まいが東京など共通から確定

 
 
三葉:帆高が陽菜への指輪を購入したショップ店員

→原作では名札に『宮水』となり確定

 
 
「天気の子」と「君の名は」は同じ世界観の中で描かれている可能性が高いです。

 
つまり、例えばですが、「天気の子」のライター・須賀圭介に"彗星が落ちたけど避難訓練して助かった村って・・・?"と聞けば、"糸守町"と答えてくれるでしょう。

 
実は、この関係について公開前の段階で瀧の声優を担当していた神木隆之介さんも示唆していました(↓)

 
これは2019年6月30日に「君の名は。」が地上波で再放送された時のコメントです。

 

そんな上白石に、“新海監督オタク”を自認する神木も同調。

「『言の葉の庭』の物語を知っているので、先生が授業をしているシーンですごく感動しました」と、作品間のつながりが生む感動を語った。

さらに「もしかしたら、『天気の子』にも(過去作との)つながりがあるかもしれないですね。

過去の作品を見ていると、誰かが行っていたこととか、なにか通じるものがあるかも」と推理し、“新海ワールド”の奥深い魅力をあらためて強調していた。

abematimes.com

 
「天気の子」で登場する瀧と三葉は社会人である可能性が高く、2作品の時系列については気になるところですね。

 
「天気の子」の作品ないでどこの時系列に入ってくるかがポイントになりそうです。

 
しかし、原作を読んでいくと2人は結婚をしていると考えて良いでしょう。

 
「天気の子」に登場!瀧と三葉は結婚していたとわかる描写はこちら

 
「天気の子」と「君の名は。」の時系列についてはこちら

まとめ

今回は、

 
●「天気の子」と「君の名は。」つながりは?
 
●「天気の子」と「君の名は。」は似てる?
 
●「天気の子」と「君の名は。」結末の違いは?

 
これらについてまとめました。

 
以上となります。
 
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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