2017年9月23日に公開された映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟」。

作中では4つの時代が交錯して描かれており、複雑でわからないと思う人もいると思います。

そこで、鑑賞した人へ向けて改めて時系列・時間軸を整理していきます。

今回は映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟」の時系列について、時間軸をベースに物語を解説していきます。

以下の内容にはネタバレも含みますので、ご注意ください。
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映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟」の時系列と時間軸は?

映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟」の時系列と時間軸について解説していきます。

物語は、大きく分けて4つの時代(時間軸)で形成されています。

年代が早いものから並べると下記になります。

●1969年
ナミヤ雑貨店の繁盛期

●1980年
魚屋ミュージシャン、グリーン・リバー、迷える子犬が手紙を投函

●1988年
「丸光園」の火事(魚屋ミュージシャンが亡くなる)

●2012年
「丸光園」園児3人が女性宅へ窃盗、セリがミュージシャンとして活動

4つの時代の中でも、ポイントになるのが「1980年」と「2012年」です。

この2つの時代が、浪矢雄治(役;西田敏行)の命日である12月20日で結ばれており、時代を超えて悩み相談がされています。

1980年12月に投函された手紙 → 2012年12月20日に届く

2012年12月20日に投函された手紙 → 1980年12月20日に届く

注意点は1980年12月に投函された手紙だけ「20日」という日付に縛られていません。

詳細は後述しますが、魚屋ミュージシャンが最初に手紙を出したのは「1980年12月9日」であり、迷える子犬も12月半ばから手紙を送付しています。

なぜ1980年12月の投函だけ例外なのかは明確には記載はなく、物語で演出された奇蹟であると割解釈するしかありません。

この2つ時代がキーとなり、その間に起きる小さな出来事が各登場人物をリンクしながら、それぞれが生きる2012年につながっていきます。

また、物語ではこの4つの時代以外のシーンもありますが、それについては各項目で説明をしていきます。

映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟」物語を時間軸でわかりやすく解説

映画では、大きく分けて4つのエピソードで構成されています。

映画内では全て話が交錯していますが、核となる3人の相談者のエピソードを中心に話が進んでいき、最後は「丸光園」の3人(敦也、翔太、幸平)のエピソードで物語が終幕します。

【エピソード①】魚屋ミュージシャン(松岡克郎) 【エピソード②】グリーンリバー(川辺みどり) 【エピソード③】迷える子犬(田村晴) 【エピソード④】3人の窃盗団の行く末

それでは、映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟」物語を時間軸を記載しながら、解説していきます。

【エピソード①】魚屋ミュージシャン(松岡克郎)

1969年:ナミヤ雑貨店

1969年。ナミヤ雑貨店の店主、浪矢雄治(西田敏行)が、子供たちを中心に悩み相談をしている姿がありました。

お店入り口横の掲示板には、子供たちからの相談事項に対して雄治からの回答の手紙が貼られていました。

また、深刻な相談事項や公表されたくない内容は、夜中に郵便受けに投函されており、それの回答は店横の牛乳箱に入っているというものでした。

このシーンでは、宇宙飛行士になりたい少年の夢を諦きらめたほうが良いかとういう手紙に、諦めるのは早いとい趣旨の回答をしていましたね。

2012年12月20日:「丸光園」3人が女性宅へ窃盗

2012年12月20日。「丸光園」出身の園児3人、敦也(山田涼介)、翔太(村上虹郎)、幸平(寛一郎)が女性宅へ強盗に入ります。

この女性は作中の最後でネタバレされますが、迷える子犬こと田村晴美(尾野真千子)です。

田村は「丸光園」をつぶしてホテル建設を目論んでいると、敦也たちから誤解をされており、その報復として強盗に入られていました。

3人は身を隠すため、一晩だけ空き家である「ナミヤ雑貨店」で時間を過ごすことを決意します。

住居兼店舗であった「ナミヤ雑貨店」はもう何十年も使われた形跡がなく、中は埃まみれ。

店内を一通り物色した3人は、美人の女性が映ったモノクロ写真を発見し、裏面には「昭和2年3月 暁子」と日付と名前の記載があることを見つけます。

そんな時、シャッターの郵便受けから音が聞こえ、1通の手紙が入ってきます。

他にも雑誌を物色していると、この「ナミヤ雑貨店」はかつて悩み相談を受け付けており、【シャッターに悩み相談の手紙を投函すると、お店横の牛乳瓶に回答の手紙が入っている】という記事を見つけます。

雑誌記事を読んだ3人は、ひとまずは入ってきた手紙を開封します。

手紙には冒頭で「魚屋ミュージシャンより。前略、昨日ジョン・レノンが死にました。」と記載があります。

ただ、ジョン・レノンが死亡したのは1980年12月8日であり、32年も前から届いた手紙であることがわかるのです。

奇妙な出来事に怖くなった3人は「ナミヤ雑貨店」から出て再び街を走り出しますが、何度走っても同じ場所に戻ってしまいます。

仕方なく、3人は「ナミヤ雑貨店」に戻り一夜を過ごすことを決意。

店内に戻ると、幸平は「魚屋ミュージシャン」からの手紙の返事を書くと言い出しました。

1980年12月:魚屋ミュージシャンの悩み

魚屋ミュージシャンこと、松岡克郎は祖母の葬儀のために実家に帰省します。

松岡はミュージシャンを目指すために大学を中退したものの、音楽活動では成果をあげることができずにおり、親戚からも白い目で見られる始末。

さらに、妹から父・松岡健夫が過労で倒れたことを聞かされます。

松岡はヤキモキした心境の中で商店街を通ると、「ナミヤ雑貨店」の前を通りかかります。

その日の夜。妹からは「ナミヤ雑貨店」は空き家になっている聞くも、気になった松岡は悩みを手紙にして投函をしてみます。

ミュージシャンを目指して3年、音楽を諦めるかどうかを手紙に綴りました。

翌朝、松岡が「ナミヤ雑貨店」へ向かうと、牛乳箱の中に返事の手紙が入っていました。

この段階ではネタバレしていませんが、この手紙の投函は2012年12月20日の世界へつながっており、幸平たち3人が返事の手紙を書いているのです。

2012年12月20日:魚屋ミュージシャンへの回答

幸平が手紙を書くことを決意したものの、普段から手紙を書かないので、返事に困ります・・・・

そこで、代わりに翔太が返事を書くことに。

翔太は自分たちが孤児院育ちということもあり、「家業を継げるのは贅沢」「音楽で食べれる人は一握り」など、厳しい返事を綴ります。

1980年12月:魚屋ミュージシャンの熱意

「家業を継げるのは贅沢」「音楽で食べれる人は一握」。予想だにしない厳しい返事を受けた松尾は、音楽は真剣であるとミュージシャンへの熱意を再度手紙に書き、投函をします。

しかし、その後の返事も「3年もやって芽が出ないのは、才能がないから」という、音楽との決別を意味させる言葉でした。

この返事は、幸平と翔太の手紙書きにこりごりしていた敦也が、もっと現実を見せるべきとより厳しい内容で綴った経緯がありました。

才能がないと書かれた松岡は、その日の夜に再び「ナミヤ雑貨店」へ向かいます。

いつものように手紙を投函するのではなく、郵便受けに半分だけ手紙を入れます。

そして、音楽は遊びではなく真剣だと知ってもらうため、持ってきたハーモニカで自分の曲を奏で始めました。

2012年12月20日:魚屋ミュージシャン「REBORN」

魚屋ミュージシャンとの手紙でのやりとりを続けている、敦也たち3人。

もう手紙は来ないだろうと思った矢先、便受けに半分だけ入っている手紙を発見します。

そして、外からはハーモニカの優しい音色が聞こえてきます。

音色を聞いた3人は、この曲が有名な女性アーティスト・セリの名曲「REBORN」であることに気づくのです。

敦也は慌てて外に出ますが、そこには誰もいません。しかし、店内にはしっかりと聞こえるハーモニカの音色。

3人は、セリが歌う「REBORN」は"作曲者がセリの弟の命を救った"というエピソードがあることを思い出します。

3人は手紙の返事を考え、「あなたの音楽で救われる人がいるから、これからも続けるべき」と回答をするのです。

1988年:魚屋ミュージシャンと「丸光園」

1988年、クリスマス。

魚屋ミュージシャンは細々と歌手活動を続けていました。

8年前の1980年に父から「死ぬ気でやってみろ」「東京で勝負してこい」という言葉を受け、意地でもやめない覚悟でいました。

この日は児童養護施設「丸光園」のクリスマスパーティーに呼ばれており、そこで曲を披露するという仕事でした。

定番のクリスマスソングの後、2曲目にオリジナルソングである「REBORN」を歌います。

当時は歌詞はなく、メロディだけの曲でした。

その後、水原セリという女の子が「REBORN」の曲名を聞きにきて、庭で一人で歌っている姿を見つけます。

セリは弟と一緒に「丸光園」に入所しており、いつも弟の面倒を見ている優しい姉でした。

その日の夜、「丸光園」で火事が起きます。

松岡やセリはなんとか外に逃げ出すことができますが、弟だけがいないことに気づきます。

それを知った松岡は燃える建物の中に入り込んでセリの弟を救い出しますが、自分自身は逃げることができず、そのまま火事で亡くなってしまいます。

2012年12月20日:セリ「REBORN」

1988年の火災から14年が経過し、水原セリは「セリ」という名で有名な歌手となっていました。

コンサートでは、松岡が作曲した「REBORN」に歌詞をつけ、"自分の弟の命を救ってくれた松岡"の説明した後、「REBORN」を歌いだすのです。

その様子はインターネットの動画サイトでもアップされており、2012年の敦也たち3人も知っていました。

敦也たち3人も、水原セリも同じ「丸光園」出身であり、一連の出来事には何か理由があるのではないかと思い始めます。

【エピソード②】グリーンリバー(川辺みどり)

1980年1月:グリーンリバーの悩み

1980年1月。雄治は、息子の浪矢貴之(萩原聖人)からある提案を受けます。

それは、「ナミヤ雑貨店」を閉めて、自分たち夫婦の家で一緒に住もうというものでした。

この申し出に雄治は、悩み相談があるからできないと断りの返事をします。

この日に届いた手紙は、差出人「グリーンリバー」という25歳女性からでした。

悩みの内容は、不倫相手の子供を妊娠して、出産するか否か悩んでいるというものでした。

「この人は、(子供を)おろした方が良いとわかってて、手紙を書いているんだ」。

そう言葉を紡ぎながら、雄治は返事を書き始めます。

1980年9月〜12月20日:浪矢雄治への未来からの手紙

1980年9月。いつもの様に店頭に立っていた雄治でしたが、腰の痛みにより病院に運ばれます。

貴之と妻は、医師から雄治が末期のすい臓がんで余命3ヶ月であることを通達されます。

まだ余命の告知をうけていない雄治は、病院のベッドで新聞を読み、ある記事を見つけます。

それは、"女性が車の運伝して海に突っ込み、乳児と心中を図った"という記事でした。

亡くなった人の名前は、川辺みどり(菜葉菜)。乳児は奇跡的に生きていました。

名前の「みどり」と年齢から、雄治は手紙相談の差出人「グリーンリバー」だと確証を持ちます。

その後、雄治は貴之に「ナミヤ雑貨店」へ連れていく様に頼みます。

このシーンでは、下記の2つの出来事が起こります。

①雄治から貴之への遺言状
②雄治と皆月暁子の再開、未来からの手紙

【①雄治から貴之への遺言状】とは、雄治の三十三回忌の命日の午前0時から夜明けまで、「ナミヤ雑貨店」の過去の相談者に対して、自分の相談は人生のためになったのかを知りたいと手紙を求めるものでした。

【②雄治と皆月暁子の再開、未来からの手紙】とは、雄治が店内に入ると、かつての恋人・皆月暁子(成海璃子)が幻覚として現れました。

暁子は1969年に亡くなっており、この時の姿は1927年(=昭和2年)の姿でした。

雄治は暁子との会話を楽しんでいると、郵便受けからは続々と2012年の未来から手紙が入ってくるのです。

手紙を読む雄治は、かつての相談者たちの生き生きと姿を知ることができました。

その中には、川辺みどり(=グリーンリバー)の娘である、川辺映子(山下リオ)からの手紙もありました。

映子は、みどりが心中をしようした際に奇跡的に生き残った乳児です。

199?年:川辺映子の手紙

川辺みどりの娘、映子は心中事故の後、児童養護施設「丸光園」で育ちました。

高校1年生の時に、母が自分と心中をしようとした記事を見つけ、ショックで自暴自棄になり、跳び降り自殺を試みます。

幸い、映子は死に至らず、入院をしていた時に同級生の水原セリが見舞いにきます。

(この水原セリは門脇麦さんが演じており、作中で「REBORN」を歌うセリの高校時代です)

映子はセリから「丸光園」にあった、ある手紙の内容を知らされます。

その手紙とは、「ナミヤ雑貨店」の雄治が川辺みどり(=グリーンリバー)宛に書いた手紙であり、そこには「子どもを幸せにする覚悟があるならば、生みなさい」と書かれていました。

さらに映子は、母・みどりの行為は心中を図ったものではなく、事故によるものと知ります。

みどりは映子を育てるために働きづめの日々を送っていました。

ある日、映子が熱を出してしまったため、みどりは職場で車を借りて病院まで行くことにしました。

その車でみどりは過労から居眠り運転をしてしまい、海に落ちてしまったのです。

映子がみた心中という記事内容は誤報であり、母は懸命に自信を育ててくれたことを知るのです。

セリはこの時に弟の命を救った松岡(魚屋ミュージシャン)の話をし、松岡のためにも生きることを伝え、自分たちの未来も明るいはずだと言葉を続けるのです。

この時、セリと映子は高校1年生であり、2012年には歌手・マネージャーという関係で共に仕事をしています。

2人の年齢は不明ですが、1988年の段階ではセリはまだ小学生だと推測されます。

そのため、高校1年生である病院でのシーンは1990年代半ばだと思われます。

1980年12月20日:敦也の白紙

雄治は、(2012年の)映子から手紙を読み、グリーンリバーこと川辺みどりへの手紙が無駄ではなかったことに安堵します。

そんな時に、2012年から白紙の手紙が投函されたのです。

この白紙の手紙は、2012年の敦也が手紙がきちんと投函されるかを確認するためのものでした。(そのシーンはこれより後になります)

敦也の白紙の手紙は翔太と幸平が待っている店内には届かず、1980年の雄治の元へと届きます。

翌朝、2012年からの手紙をたくさん手にした雄治は、貴之に自慢げにそれをみせます。

ただ、貴之は「外に誰も来てなかったよ」という不思議そうに返事をしています。

雄治はその後、亡くなりました。

ここでのシーンで、手紙が時系列を超えて運ばれていることに、多くの人が納得すると思います。

雄治の三十三回忌の2012年12月20日に手紙が時を超えて届く奇跡が起きています。

また、雄治は「魚屋ミュージシャン」と後述する「迷える子犬」の悩み相談は一切していないこともここではっきりとわかります。

1980年12月に投函された手紙 → 2012年12月20日に届く

2012年12月20日に投函された手紙 → 1980年12月20日に届く

【エピソード③】迷える子犬(田村晴美)

2012年12月20日:迷える子犬からの悩み

敦也、翔平、幸平の3人は「ナミヤ雑貨店」の店主について話している時、新たな手紙が投函されます。

差出人は「迷える子犬」。

悩みの内容は、昼は事務員・夜はホステスで生活をしており、ホステスの客から愛人になることを条件にお店を出店させてあげるというものでした。

迷える子犬は、育ての親が生活に困窮をしているため、まとまったお金を手に入れるために、新規出店(=愛人契約)の話を受けるか否か悩んでいました。

この手紙を読んだ敦也は、迷える子犬が自分の母親と重なったのか、返事は自分で書くと言い張りました。

迷える子犬は尾野真千子さんが演じており、のちの児童養護施設「丸光園」のオーナーである田村晴美です。

そして、敦也、翔平、幸平の3人は田村晴美に対して大きな誤解をしており、2012年12月20日彼女の自宅に強盗に入ります。

もちろん、この手紙を受け取った時には、3人は何も知りません。

1980年12月:迷える子犬の生活

迷える子犬こと田村晴美は、児童養護施設「丸光園」の出身者でした。

「丸光園」で育った後、大叔母夫婦に育てられましたが、現在は大叔母夫婦の生活も困窮してしまい、借金で自宅も抵当に入れられていました。

田村は昼は事務員・夜はホステスで借金を返済していくも完済は難しく、そんな時に愛人契約を結ばないかと誘われます。

そんな時、「ナミヤ雑貨店」の前を通りかかり、松岡(=魚屋ミュージシャン)から、悩み相談をまだ受け付けていることを聞かされ、手紙を投函します。

松岡のセリフから、松岡は悩み相談をした後(もしくは悩み相談中)だと推測されるため、日付は12月10日以降であると予想できます。

ただ、2012年に届く手紙は、【松尾が終わった後、田村の1通目の手紙が届く】の順番であるため、1980年で2人が店前で出会った時には松岡はすでに悩み相談は終わっている可能性が高いです。

2012年12月20日:迷える子犬への回答

敦也は当初、田村に対して厳しい意見で返事をします。

しかし、連絡を重ねていくうちに、田村が「児童養護施設「丸光園」の出身であること」「育ての母である大叔母へ恩返しがしたいこと」の気持ちが強いことがわかります。

「丸光園」の出身という共通点に敦也は戸惑いながらも、手紙を通してアドバイスします。

それは今後の日本の未来を教えてあげるという内容でした。

1980年から90年代までの好景気・バブル崩壊、2000年代のインターネット革命などを手紙で伝え、それを見越した行動を田村へ伝えます。

田村はその内容の通りに行動し、大叔母の借金を完済し、自身が会社を起こすなど大叔母と2人で不自由なく暮らすことに成功したのです。

2012年12月20日:迷える子犬と「丸光園」

敦也の手紙の通りに行動した田村は、会社を起こして社長して日々を過ごしていました。

ただ、幼少期に過ごした「丸光園」へは足を運んでおり、関係性だけは継続していました。

「丸光園」は創業者の皆月暁子(雄治の元恋人で成海璃子さんが配役)が死んだあとは、暁子の弟が経営をしていました。

2012年に入り外部から刈谷守という者が参画し、経営者の立場につきます。

しかし、刈谷は「丸光園」の一部の金を横領しており、田村もその事実を知ったため、自らで「丸光園」を救うべく買収することを決意するのです。

田村の考えを悟った刈谷は、「買収されたホテルやパチンコ屋になる」と嘘の情報を流して、買収を食い止めようとします。

敦也、翔太、幸平の3人は刈谷の噂を信じてしまい、買収を試みる田村の自宅へ強盗へ入ることを決意します。

2012年12月20日:迷える子犬の正体

敦也は1980年と2012年の現在は「ナミヤ雑貨店」を通して、繋がっていると考えます。

そこで敦也は、時代が繋がっているかを確認するため、白紙の紙をポストに投函するのです。

そして、この手紙は1980年に雄治が受け取った手紙でもありました。この雄治は「最後の返事、書こうかな」と言っています。

これで何かを勘づいた敦也は、翔太にこの店をなんで見つけたかを問いただします。

翔太は女社長(つまり、迷える子犬/田村晴美)がこの店を見ていることに気づき、空き家であること発見したと話します。

敦也はそのまま女社長から盗んだバックから手紙を見つけ、それを読みます。

書いてあった内容は、今までずっと敦也が相談していた「迷える子犬」からのナミヤ雑貨店へのお礼の手紙でした。

迷える子犬が田村晴美であることを知り、翔太と幸平は、盗んだものを返すために田村の自宅へ再び走り出します。

敦也はそんな2人に「もう勝手にしろよ」と言い放ちます。

【エピソード④】3人の窃盗団の行く末

2012年12月20日:最後の手紙

敦也が外に出ると、店横の牛乳箱に手紙が入っていることを発見します。

その手紙は、1980年12月20日に雄治が受け取り、ついさっき敦也が投函した白紙への返事でした。

そして、これは雄治が書いた最後の手紙の返事でした。

雄治から敦也への手紙の内容は下記になります。

名無しのごんべい様へ

あなたが白紙の手紙をくださった意味を、じじいなりに考えてみました。

思うに、これはあなた自身の心を表しているのではないでしょうか。

今のあなたには自分の道が見えていない。

でも、どうか、絶望しないでください。

どうか、諦めないでください。

あなたの未来は、まだ白紙です。

白紙だから、どんな未来も描けます。

全てがあなた次第なのです。

何もかもが自由で可能性は無限に広がっています。

その人生を悔いなく、燃やし尽くされることを心より祈っております。

悩み相談の回答を書くことは、もうないと思っておりました。

最後に素晴らしい難問をいただけたこと、感謝します。

本当にありがとうございました。

「ナミヤ雑貨店」

2012年12月20日:3人の自首

手紙を読んだ敦也は、その内容に涙します。

そして、全速力で翔太と幸平の後を追い、田村の自宅を目指すのです。

田村の自宅にはすでに警察がきていました。

警察を前に足をとめている翔太と幸平でしたが、敦也が到着し、3人は田村の自宅へ歩き出すのです。

物語のその後

エンドロールには物語のその後の生活が描かれています。

・敦也:看護師

・翔太:料理人

・幸平:航空機の整備士

・松岡克郎(魚屋ミュージシャン):路上ライブ(生前)

・水原セリ:ミュージシャン

・川辺映子(グリーンリバーの娘):セリのマネージャー

・田村晴美(迷える子犬):「丸光園」の経営/手紙相談

映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟」わかりやすく観るために

映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟」わかりやすく観るためには、1980年と2012年の2つの時代のエピソードを見落とさないことです。

ここの話がエンディングに向けて重要になります。

そして、敦也が1980年からの手紙が届いた日は、浪矢雄治の33回忌にあたる2012年の12月20日であること。

手紙そのものやりとりは、3通しかありません。

●1通目:1980年魚屋ミュージシャン(松岡克郎)・2012年敦也たちでの文通

●2通目:1980年グリーンリバー(川辺みどり)・1980年雄治の文通、2012年映子(グリーンリバーの娘)からの感謝の手紙

●3通目:1980年迷える子犬(田村晴美)・2012年敦也たちでの文通

時系列が整理されると、よりわかりやすい物語であり、より感動すると思います。

また、原作を読まれた人は、原作と映画では内容が違うと思ったでしょう。

映画の時間の都合、原作にある「ポールレノン」「月のうさぎ」のエピソードはカットされていますので、ご注意ください。

他にも、映画と原作では主に下記の点が異なっています。

・浪矢雄治の命日が原作では9月13日(映画では12月20日)
・原作では皆月暁子の描写はあるが、霊としては登場しない
・原作では映画冒頭の路面電車が3人に突っ込むシーンはない
・原作ではナミヤ雑貨店の中と外で時間の流れが違うが、裏口を開けると同じになる

映画ではエピソードがカットされた分、手紙のやりとりが少なくなっていますが、映画の時間の都合や映像での演出もあり、3つに厳選したと思われます。

映画では、映像で表現する良さやオリジナルの展開もあり、原作を読んだ人も非常に楽しめる内容になっています。

まとめ

今回は、

●映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟」の時系列と時間軸は?

●映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟」物語を時間軸でわかりやすく解説

●映画「ナミヤ雑貨店の奇蹟」わかりやすく観るために

これらについてまとめました。

以上となります。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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