川端康成は日本を代表する小説家の一人です。

 
特に対象から昭和前後にかけての日本文学を支えた人物であり、1968年にはノーベル文学賞を受賞しています。

 
国内だけでなく海外でも高く評価された作家です。

 
非常に有名な方ですが、どんな性格や生い立ちだったかを知っている人は少ないかもしれません。

 
一部では「何がすごいの?」を疑問を投げる人もおり、川端の凄さについても深堀りしていきます。

 
今回は川端康成の性格と生い立ち、また、何がすごいかをノーベル文学賞の理由から考察していきます。

 

川端康成の性格は?

川端康成の性格について記載していきます。

 
川端の過去を調べていくと主に3つの性格が目立っており、それぞれ紹介していきます。

 
・物静かだが温かさがあった
・人を凝視して観察をしていた
・自由奔放で金銭感覚がズレていた

物静かだが温かさがあった

川端は親切な人であり、困っていたり窮地にいる人を助けていたようです。

 
具体的には就職の面倒や(川端の)恩人の遺族も面倒をみたりと温かみのある人でした。

 
人との関係性を大事にしており、晩年には川端の家には客人が絶えず、新年会なども川端の家で行われることが多かったようです。

 
しかし、川端自身は物静かな性格のため、川端の家にも関わらず、煩いのは周囲の友人・知人だけだったとか。

 
川端の弟子であり、同じく日本を代表する作家・三島由紀夫は川端を「温かい義侠的な立派な人」と表現しています。

 
温かさとは、人との縁や和を大切にしてたという意味です。

 
過剰なおせっかいとは異なり、人の私生活に土足で踏み込むようなことはしなかったようです。

 
兄貴分で弟子を率いていたというよりは、少し俯瞰しながら優しく見守り、いざという時に全力で助ける、というタイプの性格だったのでしょう。

 
作家としての評価はいうまでもないですが、一人の人間としても、非常に優れており、室生犀星は下記のように絶賛をしています。

 

この人に冷酷な批判を加へた批評家を私は知らない。

冷徹温情の二面相搏ち、軽々しく人を愛しないが、人から愛せられることでは此の人ほどの作家はまた私の知らないところである

 
昔の作家は皆、人付き合いが激しいというイメージがありますが、川端に関してはそのようなことはなく、弟子の三島や友人に囲まれていたようです。

人を凝視して観察をしていた

川端は上記のように人間性も優れていますが、無口な性格だったようです。

 
特徴的な部分では、初対面の人でも鋭い目つきで長くジロジロと見つめる癖がありました。

 
ずっと無言でいるため、周囲からも非常に奇妙でかつ、威圧的な雰囲気もあったとされています。

 
川端の無言や凝視する癖に関するエピソードが非常に多く、例えば、

 
・30分話さずに初対面の女性編集者を鳴かせてしまった
 
・家賃の督促にきた大家に黙り込んで退散させた
 
・泥棒がきた時に凝視し続けて逆に怖がられた

 

などです。

 
この癖が得なのか損なのかよくわからないですが、非常に川端の人柄を表すエピソードだと思います。

 
ただ、決して人が嫌いというわけではなく、人見知りであり、人を観察しているだけのようです。

 
逆説的にいえば、人に興味があるからこそ、人をずっと見ていられるという面があると思います。

 
そのため、良い部分も悪い部分もすぐに見分けることができたようです。

 
川端の夫人、秀子は下記のように語っています。

 

どんなに美しい人の前に出ても、あああの人にはこんな欠点があつた、などちやんと見抜いてしまふ。

然しそれは決して、殊更にアラを探さうといふ意地悪さからではなくて、かう、無意識にあの鋭い眼が働くのです。
(川端秀子「あの鋭い眼が……」原文通り)

 
ただ、川端の性格からしても、悪い部分を見つけても、特に指摘をしてたり、矯正を促したりはしなかったのでしょう。

 
川端自身も自身が凝視する癖があることが中学時代から自覚していたようです。

 
川端は白内障で盲目となった祖父と共に暮していたことが影響していると語っています。

 
一説によると、この癖は川端が幼い時の眼底結核の病疫を持ってり、右の眼がよく見えないこともあったのではという話もあります。。

 
元来の無口な性格に、眼が悪いことで凝視する癖もつき、初対面の人は驚き、萎縮してしまったのかもしれません。

 
特に晩年の名が世界に渡った後の川端にこんなことをされては、萎縮して変な汗が出てきそうですね。

熱中すると金銭感覚がズレてしまう

川端はとにかく物事に熱中してしまうタイプだったようです。

 
作家、特に小説家は芸術家と同じで、一度物事にハマってしまうとのめり込む人が多いですからね。

 
川端もそのタイプであり、例えば、欲しいものがあると、高額なものでも、友人や知人に借りて購入したそうです。

 
壺を購入する際には、執筆をしていないにも関わらず、週刊文春の社長から300万円を借りたこともあり、他の出版社にも借金があったようです。

 
貸した社長も凄いですが、川端もよく借金を依頼したなと思いますね。

 
お金が用意できない場合は、ツケや借金をしてでも手に入れていたという逸話もあります。

 
川端はかなりの借金を抱えており、ノーベル賞が決まった時にも賞金2,000万円にも関わらず、7,000万円の屏風や1,000万円のはにわなども購入していたようです。

 
借金取りに対しても「ないものはない」「払えないものは払えない」ときっぱり言ってしまう奔放さもありました。

 
無知な割に内面は結構、破天荒な性格でした。

 
また、初期の代表作「伊豆の踊子」を執筆した際もお金がないのに4年半も旅館などに宿泊もしていました。

 
そのお金も旅館や旅先で「ツケ」としていました。

 
ただ、「伊豆の踊子」はその後、映画やテレビドラマでも数多く作品となっており、大女優の吉永小百合や山口百恵などが演じています。

 
このような作品は川端だからこそ書けたものであり、現代でも数多くの人から愛されている作品です。

川端康成の生い立ちは?

川端は1899年に大阪市北区此花町(現在の大阪市北区天神橋)に、臨月前、七か月で生まれます。

 
父、母、姉の4人家族の長男でした。

 
ただ、川端は3歳時に両親をなくしてしまい、11歳時に姉もなくし、唯一の肉親が父という状態になるのです。

 
幼い頃に家族が全員亡くなるという経験をしています。

 
夜になると非常に辛い想いをしたようで、夜は毎日友人の家に遊びにいき、家庭の団欒に混ぜてもらったようです。

 
作家を志したのは1914年、15歳になった頃です。

 
ただ、同時期に祖父も他界してしまい、肉親がいない中、高等学校、大学へと進学をしていきます。

 
学問では非常に優秀であり、第一高等学校(現在の東京大学教養学部・千葉大学医学部・千葉大学薬学部の前身)の文科乙類、東京帝国愛学文学部英文科(現在の東京大学)に入学しています。

 
高校時代は同級生で同じ小説家の石濱金作からの影響で、芥川龍之介・志賀直哉・ドストエフスキーなどのロシア文学をよく読むようになり、浅草オペラにも通っていました。

 
オペラ小屋での同じく日本を代表する作家・谷崎潤一郎を見かけたこともあったようです。

 
川端が作家として転機を迎えるのは、1921年の22歳の時。

 
発表した小説「招魂祭一景」が好評で芥川龍之介や横光利一、久米正雄らと親交が始まります。

 
その後の活躍はいうまでもなく、1927年(28歳)「伊豆の踊子」執筆、1933年(31歳)「文学界」創刊、1935年(33歳)「雪国」執筆開始、1949年(50歳)「山の音」の連載開始、1961年(61歳)「など、文学界に足取りを残していきます。

 
川端がノーベル文学賞を受賞したのは、1968年でした。

 
しかし、その4年後の1972年に当時の仕事場であった逗子マリーナで死亡しました。

 
死因はガス自殺とされています。

川端康成は何がすごいの?

川端康成は1968年にノーベル文学賞を受賞します。

 
これは日本人として初の快挙でした。

 
川端康成に対しては「何がすごいかわからない」という声も聞きます。

 
特に代表作「雪国」では登場人物や情景描写が中途半端という声を耳にします。

 
ただ、それは現代(1980年以降〜)の人が読んだからなのではと思われます、

 
川端の凄さは細かい部分も含めた描写であり、それが海外でも日本を表現した絶妙な文章だからこそ、ノーベル賞に値したのだと思われます。

 
川端の受賞理由は、「日本人の心の精髄を、すぐれた感受性をもって表現、世界の人々に深い感銘を与えたため」とされています。

 
現代ではそれが当たり前の表現になっていますが、当時では、特に海外の人には日本の魅力を十分に引き出したものと評価されたのだと思います。

 
下記のような声もありますね。

 

コンマが多いし、文体が平易ですので、速読しやすく、読後が、一見、退屈な小説に思えてしまうかもしれません。

しかし、ゆっくりと味わいながら読んでみると、美しい伝統的な日本の叙情感や、筆舌に尽くしがたいエロさに気づくことができます。

 
国内のみならず、海外の人も日本の魅力を十分に描いたと評価しており、ノーベル賞受賞となったのでしょう。

 
特に翻訳をすると途端に文章が大きく変わる作家もいる中、川端の癖のない文章は英文となってもきちんと相手も理解できる内容だったというのは大きいと思います。

 
いうなれば、川端は国際的に評価されるべき作家であり、そのような才能も持ち合わせていたことになりますね。

 

まとめ

今回は

 
●川端康成の性格は?
 
●川端康成の生い立ちは?
 
●川端康成は何がすごいの?
 

 
これらについてまとめました。

 
以上となります。
 
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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